ぬるぬるぜくす/006

英吉利、獨逸、亞米利加。おじさま求めて何處までも。

ライラの冒険 黄金の羅針盤

先週の土曜日に大学時代からの友人と渋谷で『ライラの冒険 黄金の羅針盤』を見てきました。友人は原作を知らない状態で、わたしは第3部の途中まで原作を読んだ状態で鑑賞してまいりました。

【あらすじ】
舞台はわれわれの世界と良く似た異世界。その世界では、人間ひとりひとりにダイモンと呼ばれる動物の姿をした分身がいる。子供のダイモンは変幻自在だが、思春期を過ぎるとやがて一つの姿に落ち着くようになる。主人公のライラはオックスフォード大学のジョーダン学寮に住む11歳の女の子。両親を飛行機事故で亡くし、唯一の肉親は叔父のアスリエル卿。紛れもないお嬢様でありながら、ジプシャンと呼ばれる放浪の民の子供たちと泥んこになって遊ぶ毎日である。学寮長のガウンを盗んでくるとジプシャンの子供たちと賭けをしたライラは、女性は入ることを許されていない奥の間のクローゼットの中に身を潜める。すると、教権と呼ばれるカルト集団から派遣された人物がワインに毒をいれ、叔父を毒殺しようとしているのを見てしまう。アスリエル卿の指示で、そのままクローゼットの中に身を隠し、大人たちの会話を盗み聞きした彼女は、「ダスト」と呼ばれる謎の物質が人々に降り注いでいる不思議なフォトグラムを見ることに。おりしもロンドンではゴブラーという組織が子供たちを誘拐する事件が多発しており、ライラの親友ロジャー、友人のビリー・コスタが攫われてしまう。攫われた子供たちは北極にある施設で実験に使われているという。ライラは学寮長から「真理計」と呼ばれる黄金の羅針盤を受け取り、冒険の旅に出る。



原作でライラが経験する冒険、イベントを余すところなく全部盛り込んだために、テンポのよい娯楽作品である反面、ストーリー展開がご都合主義に見えてしまうところもありました。原作の『黄金の羅針盤』の面白さの中核を為しているのは、「ダイモン」という存在の描写ではないかと思います。我々とよく似た世界に住みながら、我々の持たないものを持ち、我々が感じることのできない感覚を味わっている人々。読者はライラの意識を通じて、「ダイモン」を持つ感覚を共有することができました。

登場人物も一人一人が味わい深くて、ジプシャンのファー総統やファーダー・コーラム、マ・コスタなど重要な人物が怒涛の勢いで現れてあっという間にライラの仲間になり冒険を手伝ってくれてしまうので、幼いライラが彼女の美質で仲間を集めていくというかんじが薄れてしまったかも。

以下、原作と映画との違いで特に気になった部分を反転して書きます。


●ワインに毒を盛った人物 原作:学寮長、映画:教権から派遣された人物
原作の場合、アスリエル卿に毒を盛ろうとした学寮長から羅針盤を渡されます。彼は誰にも羅針盤を渡してはいけないと忠告されますが、叔父を殺そうとした人間の言葉を信じていいのか、誰が味方なのか深く悩むことになります。

一方、映画のアレンジを見て、「ライラの窮地が伝わらなくなるじゃないか」と憤慨したわたくしですが、一緒に見に行った友人が「でも、敵と味方がはっきりして映画だけ見る人には却ってわかりやすいよ」と指摘するのを聞いてなるほどと思いました。

●スタニスラウス・グラマンが映画版には出てこない
原作だと、アスリエル卿がジョーダン学寮の奥の間で北極圏でのフォトグラムを見せる際に、グラマンの話が出てくるわけですが、劇場版には一切出てきません。ただでさえ時間不足という印象が否めない劇場版。これ以上盛り込むわけにいかなかったのでしょうが、彼は第2部『神秘の短剣』への重要な伏線のはず。映画第2部はどうするつもりなのでしょう?



劇場版パンフレットには、ライラの住むパラレルワールドの地図が出てきました。同行した友人と一番盛り上がったのはこの地図を眺めたときかも。

ともあれ、原作ファンの一人として続編が映画化されるのを待ちたいと思います。

テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画

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